戦後のリンカーン

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フォード・モーターの創設者ヘンリーフォードは当初高級車部門への参入には消極的だった。

なぜかって

戦後の国際状況じゃ高級より大衆車の方が需要があるって思ったのさ

戦争兵器のエンジンでお金があるが合併やら倒産危機やらで消極的にもなるよね

ちなみにフォード・モーターも創立初期の頃には高級車を手がけていたが、大衆車フォードモデルTの成功によって、モデルTの単一車種集中生産に邁進するようになり、市場の限られた高級車からは手を引いていたから特にだよね

結局ヘンリー・フォードは、息子で名目上のフォード社社長であったエドセルにリンカーンを委ねることになる。

この時エドセルは『父は世界一の大衆車を作ったが自分は世界一の高級車を作りたい』と決意を語ったという。

ちなみにエドセルとは幼い頃から父親の作る自動車や機械に触れ、また現場で叩き上げた職業人の父親と違って高等教育を受けた教養人で、欧州の自動車業界や社交界にも知己を持つなど、自動車に限らぬ幅広い知見を備えていた。

特に自動車のスタイリングに関しては、自ら手がけることこそなかったものの、優れた批評眼を持つ人物であった。リンカーンを手中に収めてからのエドセルはアメリカのカースタイリングトレンドの中心人物になったといっても過言ではない。

話は脱線したが

リンカーンがキャディラックやパッカードに並び高級車市場にのし上がる

そんな話はまた次回に

 

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このページは、rbsealsが2012年1月21日 23:24に書いたブログ記事です。

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