大統領専用車としてリンカーンは、キャディラックと並んでリムジンを合衆国の大統領専用車として提供して来た長い歴史を持つ。

大型車のグロテスクさはキャデラックに負けず劣らす

初めてリンカーンがホワイトハウスに納入されたのはカルビンクーリッジが合衆国大統領を務めていた時代だった。

この車はクーリッジ、ハーバートフーヴァーの二代の大統領に仕えている。フランクリンルーズベルト時代のホワイトハウスに納入されたのは「サンシャイン・スペシャル」という愛称で親しまれた巨大なリンカーンV12オープンカーである。

これが一番世界的に映画でもみるモデルってやつね

ルーズベルトがフォード工場を視察するのに合わせ、ヘンリー・フォード自らの命令で製作された。

1940年の製造中止後もストックされていた大型リンカーンのモデルKシャーシを延長、これに1942年型リンカーン・ゼファー似のボンネットと、サッシュ付防弾ガラス窓を備えたオープンボディを載せたものであった。ルーズベルトと次代のハリーSトールマンよって愛用され続けた。

防弾ガラスが一番強力なリンカーン車ですがオープン車なのは不思議だよね

「サンシャイン・スペシャル」が引退した年に納入された専用車は「バブルトップ」というニックネームの、リンカーン・コスモポリタンのストレッチバージョンであった。

客室部分の屋根が、当時最新素材である透明なプラスチック製になっているのが特徴で、トルーマン・アイゼンハワー・ケネディ・ジョンソンと4人の大統領に仕えた後、1965年に引退した。

長く使われるリンカーンになります

これは事故も故障もなく整備が行き届いてたからですね

ケネディが大統領に就任したリンカーン・コンチネンタルのオープンカーがホワイトハウスに納入されるが、この車はダラスで起きたケネディ大統領暗殺事件の主役を演じ、史上最も有名な大統領専用車として人々の記憶に刻まれた。

しかし実はこの「ケネディ遭難車」は、翌1964年に1964年モデル用グリルへ交換され、クローズドトップ仕様に改造の上でリンドン・ジョンソンの公用車に再充当されている。その後、ジョンソンの在任期間中に再びコンチネンタル・リムジンが納入されている。

納入されたリンカーンが現在のところ最後の『プレジデンシャル・リンカーン』である。ライバルのキャディラックは4台リムジンをホワイトハウスに納入している実績を誇っているのに比べ、やや低調なところである。

 

これは暗殺事件が尾を引きやはり源を担いでいる模様

 

それでも

名前勝ちであるリンカーンである

 

フォード・モーターの創設者ヘンリーフォードは当初高級車部門への参入には消極的だった。

なぜかって

戦後の国際状況じゃ高級より大衆車の方が需要があるって思ったのさ

戦争兵器のエンジンでお金があるが合併やら倒産危機やらで消極的にもなるよね

ちなみにフォード・モーターも創立初期の頃には高級車を手がけていたが、大衆車フォードモデルTの成功によって、モデルTの単一車種集中生産に邁進するようになり、市場の限られた高級車からは手を引いていたから特にだよね

結局ヘンリー・フォードは、息子で名目上のフォード社社長であったエドセルにリンカーンを委ねることになる。

この時エドセルは『父は世界一の大衆車を作ったが自分は世界一の高級車を作りたい』と決意を語ったという。

ちなみにエドセルとは幼い頃から父親の作る自動車や機械に触れ、また現場で叩き上げた職業人の父親と違って高等教育を受けた教養人で、欧州の自動車業界や社交界にも知己を持つなど、自動車に限らぬ幅広い知見を備えていた。

特に自動車のスタイリングに関しては、自ら手がけることこそなかったものの、優れた批評眼を持つ人物であった。リンカーンを手中に収めてからのエドセルはアメリカのカースタイリングトレンドの中心人物になったといっても過言ではない。

話は脱線したが

リンカーンがキャディラックやパッカードに並び高級車市場にのし上がる

そんな話はまた次回に

 

リンカーンはアメリカのフォード・モーターによって製造・販売されている高級車

ブランド名の由来は、創業者が尊敬していた第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンにちなんだもの。

キャディラックと並んでアメリカを代表する高級車として知られる。

好きなものを名前にする典型的な人のだがわかりやすくていいですよね。

リンカーンはにヘンリー・マーティン・リーランドよって設立された。

 リーランドはキャディラックの創業者のひとりで、キャディラックがゼネラルモーターズに吸収された後も同部門の責任者を務めていた。

色々合併とか書いてきたけどそれでも自分のやりたい車があったから独立でリンカーンを創ったって事さ

第一次世界大戦中、 リーランドは政府からの要請で航空エンジンの生産に乗り出そうとしたが、ゼネラルモーターズの創業者ウィリアム・C・デュラントに反対されたため、ゼネラルモーターズを辞して、自らエンジンメーカーのリンカーン・モーターカンパニーを設立した。

 リンカーンは終戦までに6500基のリバティ航空エンジンを納入している。

 

戦争を境に独立したのね

政府から兵器のエンジンを創って得たお金でリンカーンって車が出来ます

高級車の出来上がるまでの苦労だよね

 

この戦争後はまた次回。

日本とBMWの関係

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1981年に設立された日本法人である

BMWジャパンが、正規輸入車となっているとともに、「BMW東京」や「BMW大阪」といった大手自動車販売店を直接運営している。

「BMW東京」によるBMW車の販売台数は日本国内販売の1割以上を占め、ドイツ国外では最大規模のカーディーラーとなっている。

 BMWジャパンの設立以前には、バルコムトレーディングカンパニーが日本への正規輸入者であった。

つまりは日本独立したってことね

代理店がなくなり直営でも売れるってことさ

うちの父親もBMW昔乗ってたけど最悪だって速攻乗らなくなった(笑)

大阪府堺市には「カメラのドイ」創業者土居(まんまかよ!!)が、新婚時代に堺市にて生活していたゆかりで、夫人・満里恵からコレクションしていた約50台のBMWが寄贈され、財団法人 堺市文化振興財団の手によって保存されている。

日本有数のBMWコレクター

カメラのドイと結びつかないよね(笑)

BMWもある期間、この工場で車を製造していただけに余計に紛らわしいのだが、似たような名称の「EMW」があった。EMWは、旧東ドイツのアイゼナッハ原動機工場の略で、旧東欧圏でのヒット車となるヴァルトブルクを製造するVEBアウトモビルヴェルク・アイゼナハ社の前身である。

決してEMWはパクリの車じゃないんだよ

そこは覚えよう!!

さて次回はリンカーンととかどうかな

高級車はいいよね

乗りたくなる

このBMWのエンブレム

日本の国旗、家紋みたいな感じでできたのさ

バイエルン州旗これからデザインされたものなんだってね

黒く縁取った円の中央を十字によって4等分し、点対称に青と白に塗り分けたデザインである。

円と十字はかつて航空機エンジンメーカーであった事にちなみ飛行機の回転するpロペラを表し、色はバイエルン王ヴィッテルスバッハ家の紋章に起源を持つ旧バイエルン王国、現在のバイエルン州旗にちなむ

「回転するプロペラ+バイエルンの青い空と白い雲」のイメージ

青い空、白い雲、回るプロペラ

J-POPかよっなんて野暮なつっこみは無しにして先を急ぎましょうか

エンブレムのデザインは過去に何度か微妙にBMWの字体とその位置程度が変わっているが、基本的な部分は変わらない。

大まかに変わったのは8デザインになるので全て探してみるのもコレクターの楽しみになる

型番とかでなく創られた年代で分けられてるのが多いとのことだよ

回転するプロペラのエンブレムを帝国特許事務所に登録。

経営状況は良好であり、40年以上赤字を出していないとも言われる。

超がつく優良企業だね

一方、傘下に収めた英国ローバーグループの経営に失敗、2000年には同グループの解体に至った。

傘下は傘下でしかたない

ランドローパーはフォードに譲渡、収益の見込めるミニなどは、自社で継続所有したほかは、ローバーやMGなどを、たった10ポンドで投資会社に売却したことは話題となったのは覚えてるだろうか?

本当にいらなかったのか

ちょっとした現場への嫌がらせなのかわからない

世界市場での販売実績はBMWグループ全体として110万を超えるとさ

収入は415億2500万ユーロ

日本円にしたら・・・マジ引くからかかないでおくとしよう

1970年代から稼動する南アフリカの工場のほか、近年はアメリカ、中国、パキスタンなど、ドイツ国外における生産拠点の展開にも積極的である。

 

さって次はBMWの日本の話へレッツラゴー!!

BMWはバイクでも車でもある

車の方が一般的だがバイクでもハーレーダビッドソン並みの知名度で高級車になるんだよね

 

さてさてBMWとは、バイエリッシェ・モトーレン・ヴェルケ・アーゲーっていってバイエルン発動機製造株式会社が日本名で言うとなるのかな

ドイツのバイエルン州ミュンヘンを拠点とする自動二輪車および四輪自動車メーカー

本社ビルはエンジンのシリンダーを模した円筒形を4つ組み合わせたような形をしており、フィーア・ツュリンダー英語でフォー・シリンダーと呼ばれる。

傘下のカー・ブランドは、イギリスのロールス・ロイスとミニの2つがある。

ロールスロイスの傘下になる過程は日記の前をみるように!!

本社ビルからして車、バイクヲタクにはたまらないよね

BMWはドイツ語では「ベー・エム・ヴェー」である。

日本では特に1981年の日本法人創設以来英語読みの「ビー・エム・ダブリュー」が一般的になってきているが、親しみをこめてドイツ語読みの「ベンヴェ」という読み方をする人たちも多い。

日本がアメリカかぶれなのにドイツのメーカーを導入してるから起こった現象でもある

日本ではBMW二輪がモトラッドと表記されているが、ドイツ語ではモトラートである。

モトラッドがMotorradの英語読みからきているのか、バイエルンなまりがそう聞こえたからなのかについては議論がある。

議論の結果が未だにないのも日本の民族性の現れ、長いものには巻かれろって感じがするよね。

次回はBMW総特集って感じでいいかな

いやぁ車って語ると止まらないよね

 

 

 

キャデラックは、アメリカの自動車メーカーゼネラルモーターズが展開している高級車ブランドである

正式な発音だと

キャダラク

なんかまぬけでコレだと日本では売れなそうだよね

 

アメリカ大統領の専用車として第一次世界大戦当時のウッドロウ・ウィルソンから、現在のバラク・オバマに至るまで、長年に渡りライバルのパッカード(現在は消滅)やリンカーンとともに使用されている他、多数の国で王侯貴族や政府指導者の専用車に採用されている。

アメリカの最高峰高級車って思ったらよい

防弾ガラスが基本装備で硬化タイヤに馬鹿でかい内装

アメリカナブルな一品さ

キャデラックは長らくアメリカ本国市場がメインであり、一般ユーザー向けの販売に関しては、正規の輸出が事実上日本や中国などの一部の東アジア諸国と中東諸国のみだったのは映画などでの圧倒的知名度とバブル絶頂のアジアだった為かもしれない

1990年代後半からヨーロッパ諸国への本格的進出を試みるようになった。

また、同時期に日本やイギリス向けに右ハンドル仕様車(セヴィル)を投入し、話題となった。

国に合わせたハンドルだね

2000年には中華人民共和国やロシアにも進出。

2007年には日本やイギリスと同じく右ハンドル・左側通行の南アフリカ共和国にも進出している。

国に

土地柄に合わせたハンドル

これも

高級車としてポイントの高さなのかもしれない

死ぬまでに一度は乗りたいね

次回はBMWとかいってみよ

高級車で映画には欠かせない長い車って感じだよね

会社名はロールス・ロイス社 は航空機用エンジンや乗用車の製造を行うイギリスのメーカーでした

ベントレー社を買収するなど規模を拡大し、特に乗用車製造においては高級車の代名詞になり映画や雑誌で知名度を上げていったのさ

乗用車製造における技術革新の遅れ、更には新たに開発・発売した航空機用ジェットエンジンによる損失の拡大などのために経営が悪化した。

車もこの時期は売れてなかったって話ですな

そのまま経営破綻、イギリス政府によって国有化

まぁ航空機の技術もあったりで国が参入って珍しいパターンだよね

ちなみに国有化した際に自動車部門はのみ分離して、ヴィッキースに譲渡されることになる

この再び民営化された自動車部門は、ロールス・ロイス・モーターズ社 と命名され、ロールス・ロイス車の製造・販売を継続することとなった。

ネームはあるけど内容が時代遅れになって来てたのを払拭してくるがやはり赤字部門なため為にヴィッカーズはロールス・ロイス・モーターズの売却を計画して、実行されちゃったのさ

最高額を提示したフォルクスワーゲンがその買収に成功

ややこしい話はよりややこしく

ロールス・ロイスのブランド名やロゴマークなどはBMWに譲渡されるという捩じれが生じている。

 

つまり、二重売りって感じで分割して売ってしまったわけよ

 

その後、フォルクスワーゲンとBMWの協議の結果、2003年1月からはロールスロイスの製造販売はBMWが、ベントレーの製造販売はフォルクスワーゲンが行うこととなった。

ロールスロイスとベントレーはここできっちりまた別れてしまったのね

 

BMWは同年、ロールス・ロイス・モーター・カーズという自動車会社を設立、社屋や工場を新築し、独自に開発した「ロールス・ロイス」の製造販売を開始した。

こうして安定したロールスロイスが世間一般に流れてみんなが乗れる車になりました

っても高額なのはかわらないけどね

 

ちなみに国有企業として残存したロールス・ロイス社では航空機用エンジンや船舶の製造などが行われていたが、1988年に再度民営化され、新生ロールス・ロイス社として現在に到っている。

 

結果

 

ロールス・ロイス社は内容違いで二つの会社があるって事さ

 

 

子会社に落ちた理由

過剰なレースへの投資や価格が高い12気筒エンジン車へのこだわりなどが響いて、1960年代にはフェラーリの経営が苦境に陥ちゃったのさ

残念無念だがそこへ63年にフォードから買収を持ちかけられる

 

が!!

 

買収金額をめぐって交渉は決裂


69年にイタリア最大の自動車メーカーであるフィアットの援助を受け、その傘下に入ることで命脈をつないだ。

フォードも決して悪くはないがこだわりの違いというべきか

こればかりはなんとも言えない

ちなみに買収の決裂を受けてフォードは後に独自のスポーツカーでフォード・GT40を開発して、その資本力に物を言わせてル・マン24時間レースでフェラーリを打ち破り、一矢報いちゃったのさ

その後は惨敗もあったがな。

調子に乗りすぎたって事さ

お金があれば必ずしも勝てるわけではないって教訓だね

 

子会社なり資金も豊かになったが6気筒などでしばらくフェラーリの看板を掲げる車が生産できてなかった

そして市販車部門を親会社のフィアットの意向が支配するようになった結果、6気筒エンジンを搭載した206/246に代わるフェラーリの最廉価モデルかつMRの量産2シーターとして、新たに開発されたV型8気筒エンジンをレオナルドがデザインしたFRPボディに搭載したスモールフェラーリ208/308のシリーズが生まれたんさ

208/308のデビューとほぼ同時期に名車と称された365GTB/4を引き継いでフェラーリのトップレインジを担うV型12気筒モデル365GT4BBが登場した。

なお、同車はフェラーリの市販車として初めて最高時速300キロを超えるモデルとなった。

公称時速302キロ

マジ事故ったらシャレになんねぇ~よってかどこで300キロなんて出せるんだって話さ

 

現在はフェラーリ初のアイドリングストップ機能「HELE」を搭載した「カリフォルニアHELE」を発表したり「HELE」システムは「458イタリア」や、2011年に発表された、フェラーリ初の4輪駆動システムを持つV型12気筒直噴エンジン搭載シューティングブレーキ「FF」(フェラーリ・フォー)にも搭載されている。

 

次世代は世界視野に入れ色々しているので今後もフェラーリは高級車で最速を狙っていく

次はロールスロイスあたりの話でもしようかな

フェラーリの会社は

あんな大々的にフェラーリが売れて人気もある

高級車

なかなか庶民より上級クラスの生活層の方々が日本でも乗りこなしてると思うが

 

 

子会社なんだぜ

 

 

フィアットグループの傘下で、高級グランツーリスモ及び高級スポーツカーのみを製造してるフェラーリ社

グランツーリスモがゲームの名前でなく車の機種名って言うのも意外でしょう

世界大戦によってレースが中止になったりで苦労したところから生まれた会社

この頃はまだ単独の会社だったんだよね

大戦後のレースに参戦する費用の捻出のために旧モデルとなったレーシングカーをロードカーとして仕立て上げ、貴族や富豪などを中心に販売していたものであった。

高く売ってレース資金の運営に当てる

高くても売れるようにレースでは結果が求められたのさ

一般向けようにレーシングカーを基にしない市販車の製造を開始した。

しかしながら、初代250は「暑い」、「うるさい」、「乗り心地が悪い」、「故障が多い」など不評も多かったってわけさ。

最初はしゃないわな

しかしその後、シリーズを重ねるごとに改良は進み操作性や快適性は増して行き、当時「世界最速の2+2」と称された250GTEなどいくつかのモデルは純粋なレーシングカーからは離れて行ったんだよ

フェラーリの市販車は、品質や機能性を高めて行き生産台数を順調に増やして行ったものの、その価格は依然として高価なもの

今も昔も変わらないが高級感が最初からあるんだよね

これらのフェラーリの市販車は、F1をはじめとするレースにおける活躍によるブランドイメージの向上や性能の高さ、デザインの美しさが高い評価を受けて、ヨーロッパやアメリカを中心に高性能市販車としての地位を確固たるものになっていった

このあとくらいから日本も目をつけ始める

また、欧米においては王族や貴族などの上流階級や、スポーツ選手や映画俳優などの著名人といったセレブリティが愛用し、その姿が世界各国のニュース映画や雑誌の紙面を飾ったこともそのブランドイメージを押し上げる結果となった。なおフェラーリは、現在に至るまで自社製品の広告を全く行わないことでも知られている

自社の車の広告打たないで売れるのはやっぱすげぇって思うよ

とりあえず今回のフェラーリはこのへんで

次回は子会社になるあたりを話そうかな

でわまた